便秘による糞便臭
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#小田原の少女の症例
『わたし「胃熱」なんです』と若い女性の声で治療予約の電話がありました。口臭を気にしているようで、web検索で当院のホームページにある記述を目にしたものと思われます。
コーヒーなど飲食物の香りは、冷えているときよりも温めた(熱がある)ときの方が、臭いや香りの成分が発散しやすく強くなります。人の体臭も暑くて汗ばんでいるときの方が強くなりますが、これは「熱」によると言うより臭いのもととなる雑菌の繁殖条件によると考える方が科学的ですが・・・。
鍼治療をしていて、長時間革靴を履きつづけて来院した男性患者の足の臭いや、口が渇きぎみで舌表面の苔がパサついて黄色っぽい人などの「胃熱」の所見のある患者では口の臭いが強いことがありますが、このようなとき「熱」「胃熱」を除く作用のある胃を巡る気の流れるルート(足の陽明胃経)のツボ「内庭ナイテイ」に刺鍼して、パサついていた口が潤って、黄色く厚かった苔が薄く変わると足や口の臭いが気にならない程度に軽減します(実際には、舌の他に、脈や胃部を圧迫したときの痛みや硬さなどの変化も見ますが・・ここでは省きます)。もちろん、その後の生活状況や口腔衛生で増減はします。
口は胃の入口で、舌中央の苔の状態は胃の状態をよく反映するようです。健康な人の舌の表面の苔(舌苔と言います)は、薄く白色で、舌本体(舌質)の血色が透けて見える程度です。漢方や鍼灸医学では、色が「黄」色いのは「熱」と見ます。熱が長期にわたると、こげ茶色や黒っぽい色に変わります。
さて、『わたし「胃熱」なんです』と言って予約された若い女性が受診して来ました。その若い女性は、小田原の女子高校生でした。「胃熱」で「口臭」が気になると言います。少年少女が親に連れられて来院することは稀にありますが、女子高生が経験の無い鍼治療へ一人来るのですから、かなり困って(悩んで?)のことでしょう。
 口臭が気になりはじめたのは、昨年末ごろからで、今年2月には内科医を受診しましたが、医師からは『気にし過ぎでしょう。何も匂いもしない・・・』と言われたそうです。また、前日には、歯科を受診し歯垢除去と歯みがき指導を受けて来たと言います。
 それでも、本人は、においが気になると言います。においは『鼻の奥から匂って来るように感じる』と言い『自分の部屋へ戻ると、室内に臭気が残っている』とも言います。
蓄膿症(副鼻腔炎)などで鼻が匂うことがあるので「鼻づまりや、目頭や頬骨の辺りが重かったりしますか?」と訊くと、そのようなことは『全くない』と言います。
・・・と、すると、肺からの呼気そのものが匂うことになります。
病気で独特の臭気があるばあいもありますが、ときどきあるのが、長期の便秘による「糞便臭」です。
少女に「便秘はしますか?」と訊くと『便秘症』だと応えます。
便秘が長くつづくと便の臭い成分が腸壁から血液中に移動し肺のガス交換時に呼気に出て来ます。呼気のみならず、血液中の臭い成分は汗にも出て来ますから、体臭が「糞便臭」になります。ただ、この時点でこの少女には「口臭」も「体臭」も全くありませんでした。
が、しかし、この説明を聞いて少女は『それです。友達から「糞便臭がする」と言われた。』と言います。さぞショックだたことでしょう。
この少女の当初の訴え「胃熱」は多くの場合、胃と大腸の熱となります。口渇や唇が乾く、食欲旺盛、便秘とくに大便秘結と言い熱のために乾いて硬くなります。
この少女も、便秘とともに、口の渇き、唇の乾きを訴えますが、この少女の便秘の原因は「胃大腸の熱」ではないようです。
虚実が違います。胃熱ないし胃大腸熱は実証で、顔は赤みが強いことが多く、脈有力、舌診では、舌が大きく、口から出して見せるとき力強く感じます。舌苔(舌表面の苔)は厚く黄色がかっているのが特徴です。これに対してこの少女のばあいは、脈は細弱で虚の脈でやや数(速い=促脈の意)で、舌は小さく柔らく力強く出せない感じです。表面の苔(舌苔)は、極めて薄く少なく、わずかに黄色みがかっている(微黄)のみです。この日は『前日、下痢をした。』と言っていましたが、ときどき下痢することがあると言います。顔色、皮膚の色は白く、『立ちくらみする』ことがあり『貧血の治療を受けていて、血液の全体量が少ないと医師に言われた』と言います。
この少女の「便秘」は「胃熱」によるものではなく、貧血(血虚、陰虚)によるものです。血液や陰水が不足すると、腸の水分・潤いも不足します。人体は胃腸から水分を吸収しますから、身体が水不足(血液の全体量が少ない)ときには、出来る限り腸から水分を吸収しようとしますから、便を捨てる排便そのものが抑制されると考えられます。そのため便はさらに水分を吸い取られ硬くなる訳です。また、水分(陰分)の不足は、身体の内に熱を生じますから若干の熱症状も現れます。
今回この少女の鍼治療では、(舌苔微黄や脈やや数、六部定位脈診の比較で右関上寸口浮いてやや強いことから)胃大腸の熱(軽微なもの)を「手の陽明大腸経」の曲池と「足の陽明胃経」足三里、内庭で取り除き、胃腸を整えます。次に血虚(貧血・血の不足)を補うため「足の少陰腎経」の太谿と「足の太陰脾経」の三陰交の両穴を補法の刺鍼とします。腎経の太谿は血の素となる精(腎精)を補うツボで、造血細胞のある骨髄はこの腎・腎経のつかさどるところです。三陰交は直、血液に関係するツボで、血の材料となる後天の精(水穀の精微)の消化吸収に係わる脾臓・脾経のツボでもあります。少女には「この2穴を指圧するように」と伝えました。
便秘予防に腸内環境を整える野菜や食物繊維の多いキノコ類、納豆や味噌など発酵食品を摂ることと、夕食を夜9時までに済ませ翌日の朝食までの時間を8時間以上開けることで大腸の蠕動運動が大きく動く大運動が起こりやすくなり、朝食で胃に食物が入ったときに起こる「胃大腸反射」などのタイミングで便意が起こります。起床したらコップ1杯の水を飲むのもいいでしょう。朝食を食べる時間がないときにはバナナやリンゴだけでも食べるようにしましょう。・・・・などを説明しました。
聞けば、昨年、母親が病気で亡くなったため、夕食の支度はコロナ自粛でリモート授業となっている大学生のお兄さんがしていると言います。食習慣が乱れて便秘症をさらに増悪してしまったのは、このような経緯からだったのでしょう。
また、気にし過ぎると「神経症」的になってしまいますから、少女には「今は、大丈夫!」と自信をもって心強くいて欲しいと思います。 
鍼灸医学では、思い悩むと「脾」を傷つけるとあります。また、精神性や心の強さは「心臓」に宿る「神」にあるとします。心(心臓)は「神」を宿すとともに「血」を蔵すると言い、血は心臓と直接的に関わり、血の不足は「心」「神」の乱れ不安を招きやすくなります。舌は「心(心臓)」と「脾(鍼灸医学での脾臓)」の状態を反映します。舌が大きく赤い場合「心脾の熱」と診ますが、逆に、舌が小さく見えるのは「血虚(水を含めた陰分の不足)」で、柔らく見えるのは心脾(特に脾)の「気虚」と解釈すべきでしょう。
 したがって、この少女の治療では、太谿・三陰交を補うことで精血を補い、太白、または陰陵泉・足三里などで中気(中焦脾胃の気=胃腸の働き)を整えることになます。鍼灸医学の五行分類で、心(火)は脾(土)の母です。子に当たる脾が補われることで母の心は負担がへり元気を回復します。心の元気が回復すると、心を強く持つことができ、不安や神経症的な考えをいだくことがなくなります。精血(陰分)が補われることで腸の潤いが回復し、食生活に気をつければ便秘がなくなり、便秘(長期の)がなければ糞便臭など起こるはずはありません。