手首を捻ると前腕背面の尺骨脇が痛い

患者(60代女性介護職)は『手首を捻ると前腕背面の尺骨脇に痛みが出る』しかも、左右両手ともだと言います。
痛みの場所は手首(腕関節)に近い尺骨の際ですから整形外科的には「尺側手根伸筋腱鞘炎」と診断されるでしょうか?

手首上の尺骨の際の痛みは手を捻る動作で増し、圧痛(押すと痛い)あり、『押さなくても軽い痛みがある』と言います。そこから、尺骨の骨際を圧上すると硬く凝った筋を触れます。硬結・圧痛(+)です。この筋を軽く押さえながら手首を伸展(背屈)させるとこの筋の動きが分かります。すなわち、尺側手根伸筋です。上肢帯の硬結・圧痛を診て行きます。
上図のように、肩関節後面部と肩甲挙筋に左右とも強くグリグリした硬結と押すと痛い圧痛があります。項部の頭半棘筋にも強い張りと圧痛です。

脈診をすると、左の尺中が強く触れます。

左尺中の脈とは・・・
上図を見ると分かりますが、六分定位比較脈診(脈診には脈拍動の状態を全体的に観察する脈状診と左右それぞれ3ヶ所に分け臓腑経脈に配当し強弱を比較する六分定位比較脈診とがあります。まず、脈状を診ますが、さらに特徴的な脈拍動が左右6ヶ所のどこにあるかが重要な情報とならいます。)で、左尺中 シャクチュウ の脈拍動著しく強い、左尺中の臓腑経脈の配当は脈拍動を触れる指を表面に軽く当てた位置「浮」が「膀胱・足太陽経脈」で指を強く骨近くまで押し当てた深いところの位置「沈」が「腎蔵・足少陰経脈」です。この患者では表面に直ぐに強く拍動していましたから「膀胱・足太陽経脈」と診ることになります。

足太陽経脈は膀胱経と呼ばれ「膀胱に属し」「腎蔵に連絡」しています。また、手太陽経脈(小腸経)と直結・直通しています。
患者の症状部位から六分定位比較脈診が「手太陽小腸」の部位「左寸口」が有力であった方が、脈と症状が合致しているようにも思えますが、この患者さん腰痛症状もあり、腰は腎の腑で太陽膀胱経脈の通るところです。
ただ、気がかりなのは舌診で舌の奥の方「舌根部」腎・膀胱の配当部位に灰黒色膩苔が著しく厚く下腹部の病変(湿熱下注による膀胱炎など?)が疑われましたが、特に本人自覚症状の訴えなしでした。

上図から分かるように項部頭半棘筋は足太陽経脈で特に反応の出やすいところです。
また、肩甲背部は体表区分で「太陽」の部位そのものでもあります。

鍼治療での対応は・・・

❏ 運動刺法
硬結のある尺側手根伸筋のもっとも硬結の強い部位に刺鍼、刺鍼の方向は直刺(筋に対し垂直に刺鍼)で刺鍼の深さは皮下から筋膜表面に鍼先は接する程度です。刺鍼した鍼に2分の1回旋の手技操作を加えながら患者に痛みを誘発・増悪する動作「屈曲・回外」運動を2~3回繰り返させると、誘発・増悪される痛みが軽減するのが分かります。

❏ 次に、足太陽膀胱経脈の足の外踝の下にあるツボ「申脈」穴に刺鍼し瀉法の手技を加えます。足太陽の経気の流が改善傾向にあれば、項部の頭半棘筋の硬結・圧痛が軽減しますので、これを確認します。脈診も左尺中の脈の有力が弱くなるかチェックします。
足太陽「申脈」の刺鍼に、手太陽小腸経脈のツボ「後𧮾」穴の刺鍼を追加し双手瀉法(片方の手で足太陽「申脈」穴を瀉法すると同時にもう一方の手で手太陽「後𧮾」穴を瀉法する)します。この手技により前腕から肩関節後面部、肩甲挙筋、頭半棘筋に至る範囲の筋の硬結と圧痛が軽減します。

❏ 上の刺鍼手技と平行して・・・
足三里穴と陰陵泉穴に刺鍼し瀉法の手技を加えます。舌苔の灰黒色(灰色やや黒い)膩苔(汚れた感じの粘性の苔の状態)が意味する湿濁湿熱の邪気を除きます。

❏ 以上で硬結・圧痛はかなり軽減しましたが・・・
この患者さんには、他の愁訴「極軽いめまい」症状があります。めまいの多くは首肩の凝りがなくなると治ります。(いわゆる「頭位性めまい」は、頚の筋肉の前・後・左・右に緊張の差があると起こります。緊張の差がなくなれば治ります。)
ということで…、頚椎側刺鍼を加え頚肩部の筋の過緊張(凝り)を除きます。
尺側手根伸筋の神経支配はC6・7・8 ですから、第6頚椎側第7頚椎側付近を入念に触圧診し硬結・圧痛を除去します。

❏ この患者さん・・・慢性的に腰痛の愁訴があり、腰痛の治療の追加されます。記載は省略します。

手首を捻る動作での痛みは消失、軽いめまい「ふわ~ァ」とするや「クラッ」とする感じなし、寝返り・前屈後屈動作での腰痛違和感なし・・・『身体が軽くなりました』とお帰りになりました。

*ただし、膩苔が完全には消え切らないのが気になります。早めに再診してくださるといいのですが・・・