股関節の付近が痛い

患者(40代女性)は右側股関節を屈曲し外方向(外転)に開く動作や内側に向ける動作で股関節付近が痛いと言います。「股関節付近が」と言うのは「脚の付け根の曲がる辺りだけれどどこだか分からない」と言うことです。
股関節を∠90度屈曲位で大腿骨の軸方向に圧をかけて回旋しても痛みは起きませんので、股関節自体が痛いのではないようです。

この症状の発症は3月からで、1~2ヶ月に1度程度ご来院なられていました。

当初、大腿四頭筋に硬結・圧痛があり、右股関節の大腿骨頭部の前を圧迫すると強い痛みがあり、腰椎側刺鍼にて大腿四頭筋と腸腰筋の筋緊張亢進を除くこれらの硬結・圧痛は消え股関節の可動域も拡がりました。
この大腿骨頭部の前を覆う腸腰筋(正確には腸骨筋)の突っ張りや凝りのために「股関節付近が痛い」と言う方はときどきいらっしゃいます。また、股関節自体に問題がある場合には憎悪因子となると思われます。

股関節の可動域が広がれば楽になってもよさそう…ですが、可動域いっぱいまで行くと、また、股関節付近に痛みが出ると言います。そんな経過何回かくりかしていましたが、今回・・・

『右下腹部を押さえていると・・・痛みが軽くなる』といいます。

右・下腹部は、第12肋下神経(肋間神経)または、第11肋下神経(肋間神経)もしくは、第1腰神経前枝腸骨下腹神経・・・。
と言うことで、圧痛を調べると、右第12肋骨の端に圧痛が確認できました。
一通り股関節周りの筋の過緊張を除き、可動域が充分になっても可動域最大で股関節付近には痛みが誘発されます。
これに、右側第12胸椎側刺鍼を行い、第12肋骨の端の圧痛の消失を確認し、もう一度、痛みを誘発する動作をしてもらうと、・・・内側へ動かしても可動域いっぱい外へ開いても痛みは起こりませんでした。
患者さんの『下腹部を押さえていると痛みが軽くなる』が治療のヒントでした。

当院での治療

まず、赤い○印のところの張りや硬結・圧痛を診ます。
これには、内経医学としての臓腑経脈の気を整えるための情報収集と筋緊張亢進から支配神経の脊椎段区の高さを推測し脊椎側刺鍼(腰椎側刺鍼)の高さ(何番目の腰椎か)を決めるための情報収集との意味があります。
脈診や舌診、患者さんの訴える他の愁訴などを加味して臓腑経脈の気を整えます。
気が整うと余分な緊張は無くなり、項部の凝りなどが緩みます。
股関節付近の痛みでは、大腿部前面「大腿四頭筋」と外側「大腿筋膜張筋」「風市」穴の圧痛など除去軽減させるため足陽明胃経脈と足少陽胆経脈の疎通を図ります。特に足陽明は大腿四頭筋と股関節前や鼠径部を巡行している経脈です。
また、股関節の運動(動作)にともなう痛み症状ですから、筋と骨の関連で「筋をつかどる」と「骨をつかさどる」の状態も重要です。脈診や舌診から腎陰(腎水=肝木の母)の不足があればこれを補います。たとえば、足陽明の流注エリアである大腿四頭筋の硬結・圧痛は手足の陽明経脈の双手瀉法(手陽明大腸経の前腕から手のツボと足陽明胃経の下腿から足のツボを選び両方のツボに刺鍼し術者の左右の手で両方同時に手技を加える方法)すると、大腿四頭筋の硬結・圧痛が軽減ないし消失します。この軽減効果が弱く、脈診(脈状)が細い(脈状は川の流れに例えられ、脈診で触れた脈が太く大きく感じられれば流れる水量は多く、逆に細く感じられれば水量は少ないことになります)、速い(水=陰分が不足すると陰陽のバランが陽に傾きその影響として体内に熱を生じ、その熱の脈への表われとして脈拍が速く=多くなります。漢方では「数 サク」脈と言います。)状態で、舌本体「舌質 ゼツシツ」が赤い(熱を意味する)舌の苔が少なく唾液が少ない「少津 ショウシン」(水分の不足の表われ)などがあれば、足少陰腎経脈の足首近くのツボ「復溜 フクリュウ」穴に刺鍼し補法の手技を加えます。六分定位脈診で左関上肝の脈が弱ければ、合わせて、足厥陰肝経経脈の膝の内側のツボ「曲泉 キョクセン」穴に刺鍼し補法を加えることになります。筋を管理する肝(木)の母である腎(水)を補うことで、肝(木)が潤い筋が潤います。すると、大腿四頭筋の硬さがさらに軽減しゆるみます。大腿部付け根の大腿骨頭前の圧痛も軽減します。
また、腎「復溜」補と肝「曲泉」補により骨と筋を補うことになります。

股関節前の痛み

最近…、股関節の動きが悪く、健側と比べて動く角度(可動域)が狭く脚の付け根に痛みがある。または、脚の付け根の股関節あたりを押すと痛い。・・・と言う初期(数ヶ月内)の患者さんでは…。

仰臥位で股関節の動きをチェックして置きます。
次に、大腿前面「大腿四頭筋」の硬結・圧痛を左右比較しましす。同様に、大腿外側「風市」穴付近の張り・圧痛、骨盤の外側「大腿筋膜張筋」の硬結・圧痛・・・などを押して診ます。
・・・多くの場合、患側の方に強い硬結・圧痛があります。そして、股関節前の痛みと圧痛もこれら筋の硬結・圧痛と同じ原因で同時に起こっている場合が多いのです。
なかには、もともと腰痛症の方もいらっしゃいますが、腰、腰椎に原因があります。

股関節の運動、「脚を上げる(股関節の屈曲)」や「足先を外へ向ける(股関節の外旋)」の運動と安定保持に大きく関わる腸腰筋の内、股関節の大腿骨の骨頭の前を覆うように「腸骨筋」があります(下図参照)。この「腸骨筋」の支配神経は第2腰椎から第4腰椎の神経孔から出る腰神経です。先に硬結・圧痛を診た「大腿四頭筋」の神経支配も第2腰神経から第4腰神経で同じです。と言うことは、股関節前の痛みや圧痛は大腿四頭筋の硬結・圧痛と同時に同じ原因で起きている・・・とは、考えられませんか?

大腰筋や腸骨筋(股関節に近い部分では合して「腸腰筋」と呼ばれる)は股関節前のグリグリした大腿骨頭でしか触れることが出来ませんから、大腿四頭筋のように硬結・圧痛があり「凝ってる」と言う感覚にはなりませんが、腸腰筋(大腰筋と腸骨筋)も硬結・圧痛状態に、凝って疲労しているのです。たぶん、股関節が悪くなって行く第1段階がこの状態です。この腸腰筋は股関節の主力筋で股関節の運動と安定支持に大きな働きしていますから、この筋が硬くなり力を落とすことは「股関節症」の形成完成に大きな影響があります。この段階は40代から50代の女性に多いでしょう。整形外科を受診して『股関節がちょうっと浅いかなァ~?』程度の診断?を聞いて帰ってくる段階です。

鍼治療を行って、これらの筋肉の状態が改善されると、先ず、刺鍼前に診た「大腿四頭筋」などの硬結・圧痛が消え、股関節の動作運動での痛みもなくなり、大腿骨頭部の圧痛も消え、可動域も改善されます。

さて、冒頭に書き出しの「股関節付近が痛い」と言う患者(40代女性)の症例・・・ですが、

上述のように鍼治療すると、股関節の可動域は増し、健側とほぼ同じ角度まで痛みもなく動かせますが、最後の最大角度(可動域いっぱい)まで来ると「やっぱり痛い」と言います。そして、患側「下腹部を押さえていると痛くない」と・・・言うのでした。

上の図では第3腰椎のところまでしか描かれていませんが、大腰筋は神経支配は第1腰神経(L1)から第3腰神経(L3)ですが、筋の始まりの起始部の最も上は第12胸椎の側面です。患者が押さえている患側下腹部の最も下の部分は第12肋下(肋間)神経のエリアです。そして、第12肋間神経痛の圧痛点「第12肋骨端」患側に陽性、健側に陰性です。腹臥位で第12胸椎棘突起側の深部圧痛患側陽性・健側陰性です。第1腰椎側(腸骨下腹神経)は患側健側とも陰性、念のため(やや肥満ぎみで深部圧痛が分かり難いため)第1腰椎肋骨突起の圧痛も確認・陰性でした。
以上から…、第12胸椎側刺鍼を患側に加え、第12肋骨端の圧痛が消えると、股関節をどこまで動かして痛みは起こらなくなりました。
第12胸椎、第11胸椎付近は圧迫骨折なども起こりやすい部位ですが、肋間神経痛も後発する場所です。自発痛こそありませんでしたが、大腰筋の運動負荷に連動して痛みが誘発されていたものと思われます。ときどきしか来院されなかったとは言え、3月から8月まで長く完治出来ず申し訳ありませんでした。