鍼治療は、古代中国の陰陽五行論(思想・哲学)の基に生まれた医学です。
漢代の医書・・・
「黄帝内経_コウテイダイケイ_〈素問_ソモン_〉〈霊枢_レイスウ_〉」を
原典として発展してきました。
「黄帝内経」では『経脈の気の流れが滞ったところに痛みや病が生じる』と考えます。そして、『経脈の気の流れを順調にする』ことが治療となり、予防ともなるのです。
したがって、鍼治療の基本は「経脈の気の流れ」をいかにして順調にするかにあります。
❏「経脈の気の流れを順調にする」ことがメインの治療
この「経脈の気の流れを順調にする」ことが当院のメインの治療となります。これにより身体に備わる回復力・自然治癒力が活発となります。
実際の治療では、「脈診」や「舌診」「腹診」「募穴診」「切経」などの鍼灸医学独自の診察法を用いて、気の流れを停滞させる「原因」を調べ、この「原因」を取り除くことになります。
効果は直ぐ(20~30分以内)に現れます。手足の先から脳、内臓に至るまで全身の末梢循環が改善されます。筋肉の凝りや突っ張り感などはほぼなくなります。ただし、腰痛や神経痛など強い疼痛症状の場合、痛みや圧痛が残ることがあります。これに対しては、さらに次の治療を追加することになります。
❏しびれ や 痛み など神経の興奮を鎮静させる治療
痛みや突っ張り、運動動作によって誘発される痛み、関節部の痛みなど個々の症状に合わせて幾つか方法があります。
特に腰痛や座骨神経痛、頚椎症性神経根症、肋間神経痛などの疼痛やしびれ、筋緊張亢進(著しい突っ張りや硬結)があるなどでは、疼痛部位や筋を支配する神経が脊椎(頚椎・胸椎・腰椎)から出てくる付近への刺鍼「脊椎側刺鍼法」によりほとんどの場合著効を得ます。
その他の手法として、関節部の限局的な痛みには「反対側刺鍼」と圧痛点への「知熱灸」や動くと痛い、または、突っ張る症状には「運動刺法」などを用いると即効的に痛みは半減~消失します。
❏経脈について
経脈は手足と体幹を流れる12経脈がありますが、陰の経脈{太陰、少陰、厥陰}の3つと陽の経脈{陽明、太陽、少陽}の3つの三陰三陽の経脈に集約されます。
太陰の経脈を例に説明します。太陰の経脈は「手の肺経」と「足の脾経」とがありますが、気の流れとしては中焦_チュウショウ_胃に発した気は上って肺に入り・・・体幹を出て腕から手の親指へ流れます。途中、手の示指け別れて行きここに陽経脈「手の陽明大腸経」の流れとなり体幹部へ戻ります。ここでこの太陰肺経と陽明大腸経は陰陽表裏の関係になります。体幹部へ戻った陽明大腸経は体腔内で大腸・胃・肺を巡る気の流れと顔面へ上り口・鼻・目へと向かう流れに分かれます。目に入った手の陽明大腸経の流れは、目から足の陽明胃経となって出ます。顔面部・口を巡り下って体腔内胃に行き脾臓・大腸等を巡り下肢前面を下り足の第2・第3趾へ行きます。途中分かれて足の第1趾へ行き陰の経脈「足の太陰脾経」として下肢を上り体幹部へ戻ります。この「足の陽明胃経」と「足の太陰脾経」も陰陽・表裏の関係になります。
太 陰 肺 は、体幹から→手へ
陽明大腸 は、・・・・・ 手 から→目へ
陽 明 胃 は、・・・・・目 から体幹を経て →足へ
太陰脾経 は、・・・・・足 から→体幹へ
体幹、太陰(肺・手)→陽明(大腸・手)から「目」から陽明(胃・足)→ 太陰(脾・足)から体幹へ・・・と言うように手足の太陰に挟まれて手足の陽明が目を通じて一本に通じていることが解ります。他の太陽経脈も、少陽経脈も同様のことが言えます。陽明経脈は身体の前面を守備範囲にし、太陽経脈は身体の背面、少陽経脈は側面です。
表裏の関係から表の陽経脈の動き変化は裏の陰経脈にも変化影響を与えます。三陽の経脈は手足一本に通じていて強力な作用・効果が期待できます。してみると、三陽の経気をいかに動かすかが重要な治療のポイントとなります。
身体全体の経脈の気の流れ図に表すと下のようになります。
これらの経脈の気の流れが滞ると、軽ければ筋肉の張り感や凝り、痛みが生じ、進行し重くなれば経脈が巡る各臓腑の変調から臓腑の病へと進みます。
鍼治療では、気の流れを滞らせる「原因」が何かを「主訴・愁訴の特徴」や「脈診」「舌診」「腹診」「募穴診」「切経」などから推測し「処方穴・補瀉手技」などを決めます。鍼治療の場合、施術しながら患者様の変化を観察できますので「処方穴・補瀉手技」が適しているか?が分かり、さらに、補瀉手技の程度を加減することが出来ます。
経脈の気の流れを調整できると、「舌診」で舌の形状や血色、苔の状態がキレイになります。「脈診」では脈を触れた感触が適度の力強さで柔らかく拍動する「胃の気の脈」となります。この状態は脳や内臓組織の隅々まで毛細血管からの末梢循環が旺盛とななります。何回か当院の鍼治療を継続していて『健康診断を受けたら血圧が正常値になってました』という患者様がよくいます。血流改善は全ての治療の基本です。
❏経脈の気の流れを整える治療では・・・
この治療では、手足の肘から先、膝から下にある要穴(独自の効果・意味合いのある作用の強いツボ)から目的に合わせて選択したツボに刺鍼し、刺した鍼が回旋操作などの手技を施したとき抜けない程度に数ミリの深さに刺し入れます。痛みを感じることはほとんどありません。主訴、愁訴の内容や鍼灸医学独自の{脈診・舌診・腹診・募穴診・切経}などから使用するツボ、施す手技を決めます。おおざっぱに言えば、経脈の気の流れを悪くしている「原因」瀉法の手技で取り除くことがここでの要点となります。邪魔なものがなくなれば、身体は自然に・自動的に・勝手に治って行きます。
-~-~-~-~-~-~-~-~-~-~-~-~-~-
疼痛症状に対する
筋硬結と支配神経からの鍼治療
❏ 疼痛症状や凝り・張りなど・・・いわゆる「整形外科的症状」{腰痛、神経痛、関節痛、筋肉痛、腱鞘炎、内・外側上顆炎など腱付着部の痛み}に対して:「脊椎側刺鍼法」
「脊椎側刺鍼法」は私が、鍼灸の業界誌「医道の日本誌」に連載発表したものです。「頚椎側刺鍼法」と「胸椎側刺鍼法」「腰椎側刺鍼法」の3つに分けられます。
- 頚椎側刺鍼法・・・の適用症状
▫ 上位頚椎(第2~4頚椎)では、大後頭神経、第三後頭神経、小後頭神経、後耳介神経領域の頭痛の他、コメカミや眼の奥の痛みなど三叉神経領域の痛みにも有効で、頭面部の諸症状の治療に欠かせないものです。これは、脳神経の三叉神経が脊髄路として頚髄・胸髄へ下り各脊髄段区に三叉神経脊髄路核を設けているためでしょう。同じように脳神経の副神経支配の僧帽筋の凝りや痛みも上位頚椎側刺鍼で解消します。これも副神経の出発点が第2~4の頚髄にあるためで、頚椎側の刺鍼刺激が知覚神経で脊髄へ入り脊髄内で影響し各脳神経の過剰な興奮を鎮静するものと思われます。直接的には第2~4頚神経後枝支配の頭半棘筋や多裂筋など関節突起付着の筋の突っ張りや硬結を除きます。{ 頭痛・眼痛・複視など眼の諸症状・三叉神経痛や顔面神経麻痺など顔面部の症状・鼻症状・上咽頭部症状 }などに有効です。
▫ 下位頚椎(第4~7)の頚椎側刺鍼では、頚椎症でよく起こる肩甲挙筋部の痛みや、四十肩・五十肩などC4~C6の神経に支配される肩関節周囲の筋や腱の治療に有効です。前腕部から手指に至る範囲の腱鞘炎や関節痛の治療にも頚椎側刺鍼にて前腕部の伸筋群・屈筋群の筋の過緊張・硬結を取り除くことで治癒を早めます。 - 胸椎側刺鍼法・・・の適用症状
肋間神経痛、背筋痛など。 - 腰椎側刺鍼法・・・の適用症状
腰痛、大腿神経痛、座骨神経痛、膝関節痛、足関節痛、下肢筋の諸症状など。
❏「頚椎側刺鍼法」頚部の神経解剖学的側面からの刺鍼法
神経解剖学的見地から刺鍼法方ですので、本来の意味での東洋(黄帝内経系)医学的鍼灸とは異なる治療法になります。
ですが、筋肉の症状(運動神経の症状)や、痛み・しびれの症状(知覚神経の症状)が東洋医学的治療だけで充分に取り除かれないこともあり、これを補完するものとなります。
疼痛部の筋の硬結(筋緊張亢進)を触診により確認しその筋を支配する神経(頚肩甲部から上肢では頚椎・頚神経)の脊椎段区に当たる頚椎の関節突起から神経が出てくる横突起に向けて圧痛・硬結を圧診して見ます。硬結のある筋を支配する神経が出る椎には、この関節突起から横突起にかけて硬結・圧痛が顕著に認められます。
この筋硬結は、その支配神経の頚椎側(関節突起から横突起、正確には横突起後結節)に向ける刺鍼で解消します。
たとえば、肩関節周囲炎や五十肩、上腕二頭筋長頭腱部の痛みなどでは、三角筋部の硬結は第4、5、6の頚椎側刺鍼で緩和され、上腕二頭筋の硬結(突っ張り)も、同様に第5、6、頚椎側の刺鍼で解消されます。
その他の頚肩腕部の諸症状も関連筋の硬結・突っ張り感、圧痛を支配神経の高さで頚椎側刺鍼を行うことで治癒に向かうことが出来ます。
ただし、これ「頚椎側刺鍼」だけで「経脈の気の調整」が不要になるかと言うと、用いなくても良い場合は希にはありますが、多くの場合は優先して「経脈の気の調整」を行うことが必要です。患者様の身体から治癒に向かう力が湧いてきます。
関節突起側からの刺鍼(第2、第3頚椎側後枝)
また、後頚部から後頭部の凝り不快感が、項部の筋頭半棘筋支配神経と大後頭神経、第三後頭神経の鎮静に効果がある第2、第3、頚椎側刺鍼に肩甲挙筋部の硬結を第4、第5頚椎側刺鍼で取り除いたにも関わらず、完全には後頚部から後頭部の不快感が消えない場合、経脈的に足の太陽膀胱経の外踝付近のツボに刺鍼しこの経脈の気の流れを促進すと、この不快感がスゥ~ッと消えます。身体は神経だけでなく経脈にも支配されていることが解ります。
❏「胸椎側刺鍼法」
胸椎側刺鍼では、肋間の高さから背部後正中線方向へ肋間を圧擦して行き、脊柱起立筋群の外縁部の最長筋が停止する胸椎横突起を基準に刺鍼します。これは後正中線に出っ張る背骨の棘突起が長さ傾きが均等でなく肋間と一致しないためです。(下図参照)
ただし、上位の第1~4肋間神経については肩甲骨間部に肋間と横突起を触診にて確認することになります(筋の発達した者では触知し難くなりますが、このような方でこの部に肋間神経痛を発症する例はまずありません)。
また、特に肋間神経痛を発症しやすい下位の第10、第11、第12肋間神経ではこれらの胸椎の棘突起が腰椎と同様に立方形をしているため神経孔の高さを棘突起の高さの上3分の1に取ることが出来ます。(腰椎側刺鍼参照)
また、この下位の肋間神経痛では脇腹から下腹部へ痛みが出ることがあり、腰部にも筋の凝りや突っ張り感があることが多いようです。
❏ 腰椎側刺鍼法
下位3つの胸椎(第10・11・12)を含め腰椎の椎骨の形状は、棘突起が立方形をしていて後正中から見た高さを3等分した上から3分の1の高さが神経孔に一致する。(下図参照:神経孔は下切痕と下椎の上切痕とからできる間隙)
腰椎側刺鍼の刺鍼点は、後正中線上で棘突起の高さを3等分した上から3分の1の点の外方約20mm点に取穴します。刺鍼は直刺で、深さは6~7cmとなります。ただし、第5腰椎については腰椎の前湾を考慮し第4・第5棘突起間の高さ(ヤコビ氏線)で後正中線の外方20mmに刺鍼点を取り下方へ約∠60°~45°傾け(角度については患者の前湾の程度により加減することになる)さらにわずかに外方へ向け刺鍼する。