急性腰痛の鍼治療

患者(52歳 女性)は、3日前職場で落ちた鉛筆を拾おうとしたとき腰にグキッ!とした違和感覚え、翌日から動けないほどの腰痛となったと言う。
昨日は痛くて動けず寝ていたが、今日は何とか歩けたので徒歩3分の当院へ来たと言う。
壁に手を付いての伝い歩きで治療室へ入る状態で姿勢は左に傾いています。

左側屈姿勢

患者は「この辺が痛い」と第5腰椎の高さ辺りの両側を指差しますが、急性腰痛で背骨(脊柱)がどちらかへ傾いて(側湾)いる場合、傾いている逆側に椎間関節捻挫など痛みの原因があります。
この患者の場合、左へ傾いていますが「右側へ姿勢を傾ける(右側屈)」ように命じると『右側に痛みが増す』と言い、逆に「左へ傾ける(左側屈)」を命じると『痛みが軽減』すると言います。これは、右側の腰椎椎間関節や神経が出てくる腰椎の神経孔付近に炎症や浮腫があり同側へ屈することで圧迫が起こるためです。圧迫の痛みから逃れるために、逆側への側湾姿勢を取ることにります。

腰腿点の運動刺法

腰腿点は腰から下肢にかけての痛みの除去に著効があります。主に腰下肢の痛む側と同側の手背部第4中手骨基部と第5中手骨基部の間に取ります。まれに、第1中手骨基部と第2中手骨基部の間の場合がありますから圧痛の最も強い点を正確に取穴することがポイントとなります。
ある患者さんでは、私のホームページに「腰腿点にアルミフォイルを仁丹粒大に丸めてテープで貼り付けて置くだけでも効果がある」と記載しておいたのを見てそとおりにやってみたら劇的に腰下肢の痛みが楽になった…と言う方もいました。

皮膚刺激として「皮膚鍼」を貼り付けたままにして置き、日常的の動作をしているうちに治ってしまう・・・と言うのも…1つの治療法ではありますが、ここではこの腰腿点に刺鍼し、その鍼に手技を加えながら腰を回旋する運動刺法を用います。

腰腿点の運動刺法…手順
1)上図のように、診察台に向かって腰掛け
  肘で身体を支えられるように手を置きま
  す。
2)圧痛の最も強かった腰腿点に刺鍼(用い
  る鍼は13-2〈長さ40mm-太さ0.18mm〉)
  します。
3)刺鍼に2分の1回転程度の回旋の手技を加
  えながら、患者へ「肘で支えながら腰を浮
  かせて、尾骨の先で円を描くように腰を回
  してください」と命じます。3~4回まわ
  したら逆回転させます。

痛みは軽減し、少し動きやすくなったようです。

腰椎側点を用いた運動刺法

腰痛の運動刺法には、腰腿点の他、腰部の疼痛部位の腰椎側点への刺鍼にて痛みを誘発する動作…主に前屈、または、後屈、側屈を行わせる方法があります。

この患者では、第5腰椎の右側に最も痛みが強い。
腰椎側点の運動刺法…手順
1)患者を診察台の側方に立たせる。万一、
  疼痛で立っていられないような場合、診
  察台を支えと出来るように…。
2)腰痛を誘発する動作、前屈をゆっくりし
  てもらい・・・痛むところ(この患者さんの場合、
  第5腰椎の右側)に刺鍼します。
3)刺した鍼に2分の1回転ほど旋捻する手技を、
  やや速めに抜き加減に施しながら、姿勢をゆっ
  くりと前屈から直立位へ戻してもらい、起立位
  に戻ったら、再び、鍼に手技を加えながら前屈
  方向へ屈しますが「腰に痛みを感じたらその角
  度で止めてください」と命じて行います。前屈
  から直立位へ腰を伸展しながら同様の手技を繰
  り返します。ほとんどの2~3回の内に前屈動
  作での痛みの誘発は無くなります。

この患者さんの場合、腰椎側点での運動刺法の効果は不十分で、やや軽減程度でした。

経脈の調整

仰臥位(上向きに寝る)にて、脈診、舌診、腹診、切経などから経脈の気血水の状態を調整します。
激痛を訴えるなど痛みが強い場合、弦脈を呈することがあるのですが、この患者さんでは・・・脈は「細弱」でした。
舌質の色は、淡紅やや暗紫がかっている。舌苔は白湿潤やや厚い。
刺鍼は・・・
① 先の腰腿点(右手背部第4・第5中手骨基部の間の圧痛著明点)へ刺鍼して置きます。(1.3ー2鍼使用。円皮針でも良い。)
② 舌の状態から、三陰交瀉(暗紫色=汚血・炎症を除きます。当然、急性腰痛の患部には炎症があります。)。足三里瀉、陰陵泉平瀉平補(水湿の邪気を除くとともに、平補にて脈の弱=気虚を補う。)
③ 舌の改善変化を確認し、太谿、曲泉補(筋骨を補う)
④ 項部頭半棘筋の硬結圧痛があるため・・・足太陽申脈(または崑崙)瀉(足太陽経脈は眼から出て腰背部を循環し足に下ります。この刺鍼で項部頭半棘筋の硬結圧痛が軽減するということは腰背部の硬結圧痛も軽減改善していることになります。)*項部頭半棘筋の硬結圧痛がない場合、「腰背は委中に求め・・・」と古来より言われるように膝窩・委中に近い足太陽膀胱経の経穴の方が腰痛には有効です。逆に、項部や頭面部眼には下って足関節付近の崑崙や申脈が有効で、足から見て遠い頚頭には遠い足首、近い腰背には近い膝窩・・・と言う関係になります。仰臥位で経脈を調えるとき項部の硬結圧痛がない(もしくは、軽快した)場合、委中には刺鍼できませんので…承筋、または、承山か飛陽から用穴を選び刺鍼(瀉法)し、これに筋会の陽陵泉に刺鍼(瀉法)を加えると、次に腹臥位へ寝返り動作するとき楽にできる(腰痛が軽減)していることがあります。

・・・・・・以上で 経脈の調整 は終わります。
次に腹臥位にて腰部の施術に移りますが、・・・腰痛なのだから「最初から腹臥位で腰部だけ刺鍼すれば良いではないか?」…と言う意見があります。また「腰痛は腰部局所にしか刺鍼しない」と言う鍼治療が一般的で、そのように治療ているところが大多数であろうと思われます。
しかし、患者さんは「早く良くなりたい」から鍼灸院へ来るのです。鍼灸師は最も早く良くなる治療を提供しなければなりません
先に説明した 経脈の調整 を行うと脈状(脈の拍動の状態を触知した感触)は強過ぎず弱過ぎず適度の力強さでリズムよく拍動し舌の血色や潤いが変り顔色までが良くなります。項部や下肢の筋肉の突っ張りや硬結(凝り)もゆるみます。これは余分な神経・筋の緊張が消え血流、特に末梢血流が改善しているからで、腰痛のみならずからだ全体が治る方向へ変化したと考えられるのです。腰痛を治すための…身体の下準備が完了したところで…残った腰部局所の痛みに対して施術を行いますが、この段階では、当初、広範囲で漠然として何処が痛いか分らない状態から、範囲が狭まり痛むところが明瞭となります。腰部局所の施術も行いやすくなり、効果も出やすくなります。
多くの患者さまから『先生のところの鍼は1回で効く!』と言われる理由はここにあります。(もちろん、腰痛の程度によっては1回でとはいかない場合は当然あります)

・・・腰部局所の刺鍼・・・

腰椎側刺鍼法

「腰椎側刺鍼法」は、腰下肢の筋緊張の亢進「筋の硬結や張り」と「圧痛」から刺鍼する腰椎を決め、刺鍼により当初の硬結・張り・圧痛が、消失、もしくは軽減(半減以上明瞭に軽減)したのことを確認することにより、刺鍼の正確性を増し、効果を確実なものにする刺鍼方法です。
       ( 参 照 … 腰痛・座骨神経痛・大腿神経痛

臀部下肢の筋の硬結圧痛 ・ と ・ 腰痛側刺鍼点
①大腿四頭筋 ・・・・・・・・第2~4腰椎第2~4腰椎側
②大腿筋膜張筋 大腿外側・・・・第4腰椎側
③梨状筋 大腿二頭筋 前脛骨筋・・第5腰椎側
④長・短腓骨筋 腓腹筋 ヒラメ筋・・(仙椎部刺鍼*注1

①の・・・大腿四頭筋の硬結圧痛は、経験的に第4腰椎側点の刺鍼で消えることが多いですが、これは第4腰椎・第5腰椎に起因して起こる腰痛が多いためで、刺鍼により第4腰神経の興奮(神経近くの椎間関節などの炎症浮腫にともなう)が鎮静するからです。
ただし、腰椎側点の深部圧痛を第1腰椎側から順番に診て行き、深く押し込んだときに「ズ~ン」とした重苦しい感覚の有無を調べます。腰痛の原因に多い椎間関節捻挫では上下2~3椎ほどが同時に捻挫していることが多く、大腿四頭筋の硬結・圧痛が残る場合、深部圧痛を確かめ第3腰椎側や第2腰椎側の刺鍼を行うことになります。
②の・・・大腿筋膜張筋は大腿骨外側の上部「大転子」の上の筋肉ですが『腰から外側に痛みがある』と訴える患者ではこの筋肉に硬結・圧痛が強く、 大腿外側の風市穴の辺りに突っ張りと強い圧痛があります。この筋へは上臀神経の枝が支配し、上臀神経は(L4、L5)からの神経ですが、第4腰椎側点の刺鍼でこれらの硬結・圧痛は解消されます。
③の・・・梨状筋 大腿二頭筋 前脛骨筋など座骨神経支配領域は、④の・・・長・短腓骨筋 腓腹筋 ヒラメ筋を含めて、第5腰椎側点の刺鍼で効果を得ます。この第5腰椎側点の取穴方ならびに刺鍼角度は腰椎の前湾の程度に合わせて、第4腰椎側点から上の椎とは異なります。

④の・・・長・短腓骨筋 腓腹筋 ヒラメ筋などの硬結・圧痛が③の第5腰椎側点で充分な効果が得られない場合、第5腰椎側点に刺鍼したまま、上後腸骨棘の下方30mmほどの高さで正中仙骨稜の外方20mmの点から角度∠45度ほど斜め上方へ向け刺鍼し、さらに長・短腓骨筋や腓腹筋、ヒラメ筋などの硬結部への刺鍼を行い、第5腰椎側刺鍼と仙骨部、下腿部の刺鍼に双手瀉法を加えます。

今回説明の急性腰痛の女性の症例では、下肢の筋の硬結・圧痛はそれほど顕著ではありませんでした。
慢性的に軽度の腰痛があり急に腰痛が増悪したような場合では大腿部や下腿部に硬結・圧痛が顕著な場合が多くなります。これは、臀部や下肢へ分布する腰神経前枝は大腰筋に接して腰神経叢、仙骨神経叢を形成し神経が連絡し合いますから、この大腰筋の緊張、突っ張りが強いためこれらの神経に圧迫・牽引などの神経刺激が加わるためと思われます。また、この圧迫・牽引の神経刺激は、神経走行経路での筋緊張・硬結によってさらに増悪されることになりますから、経脈的治療処置を施し全身的に緊張を解いた上で行う・・・神経解剖学的見地から神経の緊張・興奮を鎮める腰椎側刺鍼が効果を出しやすくなるのだと考えています。ほとんどの場合、著効となります。

臀部下肢への硬結・圧痛が治まったあと(または、臀部下肢に硬結・圧痛がない場合)腰方形筋の硬結・圧痛が残る(ある)場合があります。腰椎側刺鍼で消失することもありますが、消え切らず残る場合があります。

腰方形筋の硬結・圧痛への刺鍼

腰椎の外方の筋に突っ張りが強い場合、腰方形筋の圧痛を診ます。圧痛を診る場所は、腰椎の肋骨突起(これを腰椎横突起と間違えて呼ぶ人がいますが肋骨突起が正しい名称です)の先端下部になります。腸骨稜の上部を外側から内側へ圧迫して行くと張った筋に当たります。ここから後正中線棘突起方向へ圧迫して行くと第4腰椎の肋骨突起(誤って横突起と呼ばれることが多いが正確には肋骨突起)の骨に触れます。刺鍼はこの下縁から第4腰椎側点(棘突起を3等分した上から3分の1の高さで後正中の外方20mm)付近へ向け45~30度に寝かせて刺入します。用鍼は4番ー2寸または5番ー2寸5分。鍼を進めて行くとズ~ンとした重い鍼感を得ます。重い鍼感を得たら、一度鍼を戻しやや上方へ刺鍼転向して再度鍼を進めて行くと、ビリッとした鍼感に変わります。鍼を抜き当初の硬結・圧痛を確認するとハッキリと軽減しています。その上方、第3腰椎肋骨突起端の硬結・圧痛を診て、硬結・圧痛があれば同様の刺鍼を行います。第2、第1腰椎肋骨突起についても同様です。
また、過敏な患者では、肋骨突起下端に2~3番ー1寸3分~1寸6分鍼を筋に達する程度にやや内方へ向け刺鍼し、同じ椎の高さの腰椎側点に同程度刺鍼を直刺し、双手瀉法する。